ビジネスを3層で見る:顧客価値・事業価値・期待価値のメモ

きっかけ:ビジネスの議論が噛み合わない違和感
起業番組やスタートアップの対談を観測していると、議論が噛み合わずに空中分解しているような違和感を覚えることがあります。
熱弁する起業家と、渋い顔のメンター。
ユーザー体験を絶賛する人と、収支の合わなさを指摘する人。
市場の大きさを語る人と、「で、誰が今それを欲しいの?」と問う人。
同じビジネスの話をしているはずなのに、なぜ結論がバラバラになるのか。
その理由は、正解が違うからではなく、見ている価値のレイヤーが違うからかもしれない。
そう考えるようになりました。
同じ「ビジネス」という言葉を使いながら、実は違う階層の話をしている。
このズレを整理するために、自分なりにビジネスを3つのレイヤーで捉えるためのメモを残しておきます。
3層価値モデル:自分なりの観察座標
現時点では、ビジネスを次の3層で見ています。
レイヤー1:顧客価値
レイヤー1は、使う本人が受け取る価値です。
商品、サービス、機能、体験、便利さ、楽しさ、問題解決。
顧客が「自分のために必要だ」と感じて使う価値です。
たとえば、アプリを使う。本を読む。ゲームで遊ぶ。動画を見る。道具を買う。
ここでは、誰に何を渡しているのか、使った瞬間に何が便利になるのか、どんな手触りがあるのかを見ます。
レイヤー2:事業価値
レイヤー2は、働く人や事業者が、仕事や商売を回すために必要とする価値です。
売上を上げる。コストを下げる。業務を効率化する。運用を安定させる。顧客を獲得する。品質を上げる。
広告、SaaS、CRM、決済、採用支援、業務改善、データ分析、開発支援などは、このレイヤーで語りやすい。
レイヤー1が「使う人の価値」だとすれば、レイヤー2は「稼ぐ・回す人の価値」です。
ここでは、誰が何にお金を払うのか、その支払いは事業上どんな成果に接続しているのかを見ます。
レイヤー3:期待価値
レイヤー3は、その事業や市場が未来において何者になると見られているか、という価値です。
未来像、物語、ブランド、市場での位置、社会的な意味、評価額、株価、覇権の予感。
ただし、ここで注意したいのは、レイヤー3が常に直接売られているわけではないということです。
未来予測レポート、株式リサーチ、業界分析、投資判断の材料など、レイヤー3そのものを売る商売もあります。
しかし、多くのプロダクトでは、レイヤー3は商品そのものではなく、設計に圧力をかける外部環境として現れます。
「この会社は次の時代も主役でいられるのか」
「この市場を取れるのか」
「この技術転換に乗れているのか」
「競合に未来のポジションを奪われないか」
こうした期待や不安が、レイヤー1やレイヤー2の商品設計を歪めることがあります。
ここが、このモデルで一番見たいところです。
何に使えるのか:プロダクトを見るための座標
この3層を意識すると、目の前のプロダクトや事業を整理しやすくなります。
プロダクト理解
その事業はどの層で勝負しているのか。
顧客体験の良さなのか。
事業の回し方なのか。
未来への期待なのか。
あるいは、表向きはレイヤー1の商品に見えるが、実際にはレイヤー2の事業防衛のために作られているのか。
そういった構造を見ます。
競合比較
A社はレイヤー1が強い。
B社はレイヤー2で圧倒している。
C社はレイヤー3の物語だけが強い。
こう整理すると、競合比較がしやすくなります。
単に「どっちが良い商品か」ではなく、どのレイヤーで勝っているのかを分けて見られるからです。
失敗分析・読書メモ
過去の事例や本の内容をこの3層に分解して読むことで、なぜその事業が躓いたのかを構造的に理解しやすくなります。
特に重要なのは、売っているレイヤーと、設計を歪めているレイヤーを分けることです。
あるプロダクトは、レイヤー1やレイヤー2の商品としては説明できる。
しかし、なぜその形になったのかは、レイヤー3の期待や不安を見ないと説明できない。
そういう失敗があるように感じています。
どの段階で使うか:企画・構想・振り返り
このモデルが役に立つのは、主に上流のフェーズです。
使える場面は、企画前、アイデア整理、競合調査、ピッチ構成の整理、読書メモ、失敗分析、振り返りなど。
逆に、詳細要件定義、データベース設計、実装、バグ修正には向きません。
このモデルは「何を作るか」「誰に何を売るか」「なぜその形になったのか」を整理することはできます。
しかし、「どう実装するか」を決める道具ではありません。
設計図を描く前に、構想のピッチを合わせるためのものです。
何が見えるようになるのか:接続と偏り
このモデルで特に見たいのは、レイヤー間の接続エラーや翻訳失敗です。
たとえば、かつてのHTC First、あるいはFacebook Homeという製品。
表向きには、Facebookをスマホの中心で使えるようにするレイヤー1の商品に見えます。
ユーザーに対しては、Facebook中心のスマホ体験を提供する。
一方で、Facebookの本業は広告です。
多くのユーザーに無料でSNSを使ってもらい、注意、滞在時間、関係性、行動データを集め、広告主に接触機会を売る。
これはレイヤー2の事業価値です。
ここまでは、マネタイズの構造として理解できます。
しかし、これだけでは「なぜスマホの入口そのものをFacebook化しようとしたのか」という違和感が残ります。
単にFacebookアプリを使いやすくするだけではなく、ホーム画面やロック画面までFacebook中心にしようとした。
この奇妙さは、レイヤー1とレイヤー2だけでは説明しきれません。
そこでレイヤー3が出てきます。
当時のFacebookには、スマホ時代でも人間関係の中心であり続けられるのか、GoogleやAppleにOSレイヤーを握られたままで主導権を保てるのか、という期待と不安があったように見えます。
つまり、Facebook Homeはレイヤー3の商品ではありません。
未来予測を売っていたわけではないし、投資家にレポートを売っていたわけでもない。
しかし、レイヤー3の期待や不安が、レイヤー1の商品設計に圧力をかけた。
その結果、ユーザーが本当に欲しい利用価値ではなく、Facebookが未来のポジションを守るための設計が前面に出たように見えます。
ここに、失敗の匂いがあります。
ビジネス失敗の認知が難しいのは、レイヤー1とレイヤー2だけを見ると、当時としては成功事例が積まれているように見えるからです。
ユーザーはFacebookを使っていた。
広告事業も強かった。
スマホ利用も伸びていた。
だから、Facebook中心のスマホも成立しそうに見える。
しかし実際には、レイヤー3の期待を見て、そこを守ることを優先して製品設計した結果、レイヤー1の利用価値が歪んでしまった。
こう見ると、少し説明がつく。
変な製品は、顧客ではなく未来期待を見て設計されたときに生まれる。
これが今のところの仮説です。
何には使えないのか:このモデルの限界
注意点として、このモデルは万能ではありません。
3層価値モデルは、正解を出すための道具ではなく、議論のズレを見つけるための座標です。
ユーザー体験の細部を評価したり、精緻な数値分析を行ったり、正確な市場規模を算出したりすることは、このモデルだけではできません。
また、これを使えば成功するというものでもありません。
あくまで、今どのレイヤーの話をしているのか、どのレイヤーが売り物なのか、どのレイヤーの圧力で設計が歪んでいるのかを確認するための補助線です。
今後の使い方:事例を3層で現像していく
私はこのプロセスを「現像」と呼んでいます。
事例をそのまま眺めるのではなく、3層に分けて見ることで、事業の輪郭を浮かび上がらせる。
特に今後は、次の2つを分けて見ていきたい。
1つ目は、そのプロダクトがどのレイヤーで売られているのか。
2つ目は、どのレイヤーの期待や不安によって設計が歪んでいるのか。
売っているレイヤーと、踊らされているレイヤーは違う。
この視点を持つと、失敗製品の見え方が変わる気がしています。
今後、失敗してしまった製品や、気になっている企業の事例を、この座標の上に置いて現像していこうと思います。
最後に、自分へのメモとして残しておきます。
今の自分は、まだビジネスをこの3層で綺麗に見分けられる段階ではありません。
これまでも、顧客価値、事業価値、期待価値のようなものを、なんとなく感じてはいました。
ただ、それらは頭の中で混ざっていたり、ある部分だけ妙に鮮明だったり、逆にまったく見えていなかったりしました。
だからまずは、この3つを分けて認知するところから始めます。
すべてのレイヤーを常に同じ解像度で見る必要はないと思っています。
ある事例では、顧客価値を鮮明に見るべきかもしれない。
別の事例では、事業価値の構造を見た方がいいかもしれない。
また別の事例では、期待価値が商品設計を歪めていないかを見る必要があるかもしれない。
大事なのは、どれか一つの見方に閉じないこと。
ぼやけていてもいいから、今どのレイヤーを見ているのかを忘れないこと。
今後は、気になる製品や企業を、この3層の座標に置きながら、少しずつビジネスの輪郭を現像していこうと思います。